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傳通院 僧侶・井村正則 師「自らをさらけ出してこそ、『自分』を追求できる」

「自分」とは一体何者なのか?

特集 自分をあたらしくする 2020.8.03

取材・文:出口夢々

そもそも「自分」とはどのような存在なのでしょうか? たとえばおしゃべりな自分、優柔不断な自分、おでかけ好きな自分、めんどくさがり屋な自分――。一人の「自分」のなかに、複数の「自分」がいる。そして、それは当然のこと――。そう語るのは、東京・小石川にある傳通院の僧侶・井村正則師。

さまざまな角度から自分を見つめ直し、自分という存在を深く考えたときに、そこに「あたらしい自分」の姿を見つけられるのかもしれません。自分とは何か、諸行無常の世で変化という事象をどのように捉えているのかなど、世俗の人間を代表して編集部の出口が井村師にお話を伺いました。

 

仏様中心の生活で感じる2つの自分

 

出口:現在、井村師は歴史ある傳通院で僧侶をされていますが、そもそもなぜ僧侶を志されたのですか?

井村師:実は特別なきっかけはないんです。
実家がお寺で、お寺の子どもとして生まれ育ったので、幼いころから「将来は自分も僧侶になるのだろうな」とぼんやり思っていました。浄土宗の僧侶になるためには宗門大学に入学して僧侶の資格を取る必要があるので、高校卒業後は宗門大学に入学し、出家しました。

出口:「僧侶になる=世俗を捨てる」というイメージが強いので、特別なきっかけがないとは意外です……!

井村師:そうですね。「出家」と聞くと、世俗を捨て山にこもり生活をするイメージを抱く人もいるかもしれません。ですが、浄土宗の場合、基本的に大学のカリキュラムにある短期の修業を複数回行い、習得することで資格をいただきます。
大学に通いながら仏教学を学び、単位を取得して資格をいただくわけですから、“世俗を捨てる”といった大きな覚悟や気持ちの変化は、あまり感じませんでしたね。

傳通院の山門。2012年3月に再建された

出口:では、大学で資格を取ってから、すぐに僧侶になったんですか?

井村師:いえ、卒業後は民間の会社に就職しました。いまの大学4年生と同じように、就職活動をしたんですよ。「働かざる者食うべからず」という言葉がありますから、一度社会に出て自分でお金を稼ぎ、生活をしてみたほうがいいと思ったんです。

出口:たしかに、社会人として暮らしことのある僧侶のほうが、人々の心により寄り添える気がしますね。

井村師:はい。そして数年後、すでに奉職していた僧侶の友人の誘いにより、ここ傳通院に入山することになりました。
浄土宗は全国に8カ所大本山があり、その大本山で修行をしてから自坊に入るケースもありますが、傳通院は大本山ではないものの、僧堂(修行道場)生活をさせていただけるので、非常に貴重なご縁をいただいたなと思っています。

傳通院の本堂。解放感のある空間が人々を迎え入れてくれる

井村師:また、僧侶の友人に誘われた当時、大学の恩師にいわれた「自ら、より積極的に努力して、苦に悩む人に対して、応えてあげられるお坊さんを目指しなさい」という言葉が胸に刺さったままでした。
せっかくのご縁なので、大学の恩師に報いるためにも、これを機に僧侶に専念しようかなと考えたのです。

出口:そうして修行が始まるわけですね。どのようなことをされていたのですか?

井村師:僧堂生活の1日は、朝のお勤めである読経から始まります。
御貫主(傳通院では住職の尊称を貫主という)と一緒に読経をして、仏様にお供え物をし、お堂のお参りをし、その後に自分の食事や給仕をします。昼間はお掃除やさまざまな法務に勤め、写経や仏教修養会(法話の話、御詠会、茶道、論語塾、俳句会、お能、ヨガなど)のお手伝いをして、夕方にはまたお勤めをし、夕飯の支度をして、という生活を繰り返し繰り返し行っていました。
ほとんどお寺から出ず、仏様中心の生活ですね。

傳通院の本堂の内部

出口:朝から晩まで仏様中心の生活……。そんな制約された日常をまったく想像できません……。

井村師:たしかに、これだけ聞くと束縛された厳しい生活を想像されるかもしれません。一度入山すると、私用で外に出ることもできませんしね。ですが、この生活は私にとってはとても楽なものでした。

出口:楽だったんですか……!?

井村師:はい、楽なんです。たとえば、会社に勤めている人であれば、毎朝満員電車に乗って、会社に行ったら仕事のことで悩んだり、ときには理不尽なことで怒られたりしますよね。

出口:(心当たりがありすぎる……苦笑)

井村師:社会で働くというのは、常に慌ただしく、追いつめられるような一面があると思います。ですが、僧堂生活ではそのような煩わしさから解放され、余計なことを考えずに済むので、(若いときは)ストレスフリーな生活でした。

出口:仕事のプレッシャーやストレスを味わずに済むのなら、たしかに楽かもしれないですね……。

井村師:ただ、生活に制限がかけられていますから、友人にもなかなか会えません。次第に疎遠になってしまうのが非常に哀しく、つらかったですね。

出口:そのような仏様中心の生活において、「自分」という存在はどこにあるのですか?

井村師:そうですね……。僧侶とは、その人の職業を指す言葉として使用されることもありますが、本来は「生き方」を指す言葉です。
私たち僧侶は、仏様の弟子なわけです。仏様中心に生活するというは、それそのものがお坊さんとしての生き方です。ですので、そうした生き方をしているのが「私」という存在だと思います。

井村師(左)の哲学に頭を抱える出口(右)

井村師:私はお寺ではお坊さんではありますが、宗教法人としては役員の身です。ですので、着物や作務衣を着ずに、スーツで過ごす日もあります。そのようなときの自分は、俗の状態かもしれません。
出家はしましたが、生活のなかでやはり俗の自分は存在するものです。そのため、俗の状態のときに自分をいかに戒め、脱線しないように生活できるか、というのが問題になってくるわけですね。

出口:出家した後でも、俗の自分を感じるときがあるのですね。

井村師:ええ。また、一時は、「よりよい僧侶」に見せようと自分を偽ったこともあります。
しかし、建前の自分は本当の自分ではありません。自分をさらけ出してこそ、自分の言葉や考えを追求できますし、本来の自分の状態で物事を経験することで、思考が深まるものです。
自分を偽らず――つまり俗の自分がいるという事実を否定せず、受け入れ、それをどのように改善するかを考えるのが大切なのです。

出口:なるほど……。心が素直な状態で物事を体験し、感じることで、自分が変化するのですね。井村師は僧侶になる前となった後、何が最も変化しましたか?

井村師悩みや苦しみといった部分をより深く考えるようになったことです。
僧侶の役割のひとつに、お檀家様の心に寄り添い、苦を除いて楽にしてあげるというものがあります。お檀家様お一人おひとりの人生を知り、葬儀式の際にはご家族と同じように亡き方を讃える。お墓参りの際にお寺にいらしたときには、一緒にお茶を飲んでお話をする。そういった行為を通して、みなさまの心を考え、気持ちを汲み取れるよう努めています。

傳通院の墓所にある、徳川家康の母・於大の方の墓所

 

諸行無常の世で“変化させるべきでないもの”を見極める

 

出口:いま、新型コロナウイルスが蔓延し、社会や、それに向き合う自己の姿など、さまざまなものが変化していますが、「変化」という事象をどのように捉えていますか?

井村師:「諸行無常」という言葉があるように、この世のすべては日々少しずつ変化しています。それはあたりまえのことですが、なかなか気づきにくいもの。今回の新型コロナウイルスによる影響は社会に大きな変化をもたらしていますが、コロナ渦にかかわらず、実は社会は日々刻々と変化しているのです。
「変化」は、あるか、ないか、ではありません。「変化」を捉えられているか否か、ということに尽きます

出口:(諸行無常……)

井村師:とはいっても、「変化してはいけないもの」もあると思います。
いま、直葬という言葉が生まれてしまっているように、宗教儀式を一切行わないお葬式をあげる方が増えていますよね。直葬は葬儀のかたちが変化したものではありますが、尊い命を讃え、極楽往生を念じるための儀式を勤めることはとても大切なこと。それらを軽んじながらご遺体を扱うなど、決してあってはならないのです。

出口たしかに、ご遺体を粗末に扱ってはいけないと思いますが、直葬は一方で、時代の流れや人々の要望に即した葬儀のかたちですよね。

井村師:はい、葬送儀礼が社会に受け入れられるために変化させなければならない部分があるのも事実です。葬儀の簡略化が時代に即したものであるならば、私たち僧侶が、簡略化できる部分と核として残しておく部分をしっかり見極めて、直葬ではない新しい葬儀のかたちを提唱する必要があると考えています。
日々、悩み考えることの繰り返しです。何が重要で何を変化させるべきなのか、僧侶として、ひとりの人間として考え続けるべきだと、私は思っています。

寺院情報
傳通院
応永22年(1415年)に、浄土宗第7祖了誉が開山。徳川家康の生母・於大の方(法名・傳通院殿蓉誉光岳智香大禅定尼)の菩提寺であることから、傳通院の名で呼ばれる。
東京都文京区小石川3-14-6
TEL:03-3814-3701
ホームページ: http://www.denzuin.or.jp/

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