【渡辺マリさん・74歳】自分の思いに忠実に、思い通りに生きる
コスチュームジュエリー研究家として歩んだ半生
取材・文:出口夢々
60年生きた女性にはいろいろな人生がある。そして、女性一人ひとりはそれぞれ自分の人生を背負い、生きている。若くして家庭を持った人、働きながら子どもを育てた人、社会で戦い抜いた人——。そんな女性たちが経験した、人生の「酸い」や「甘い」を紹介する連載企画「60年、酸いも甘いも讃えたい」。
第9回目は、東京都にお住いの渡辺マリさん(74歳)にインタビュー。コスチュームジュエリーに興味を持つきっかけになったミリアム・ハスケルとの出会いや、現在力を入れているコスチュームジュエリストの養成まで、コスチュームジュエリーとともに歩んだ半生を伺った。
東京都国分寺市でアンティークショップ「ブロンディ アンド カンパニー」を営んでいる渡辺マリさん。渡辺さん自らが海外で買い付けてきたビンテージジュエリーをはじめ、照明、古伊万里、漆器、ドレス、帽子などを販売している。心をくすぐるアンティークがところ狭しと並んでいる店内で一際目を引くのが、ミリアム・ハスケルが制作したコスチュームジュエリーだ。
コスチュームジュエリーとは、ダイヤモンド、ルビー、サファイヤ、エメラルド、アレキサンドライトからなる「五大宝石」を用いていないジュエリーのこと。宝石の価値よりもファッション性の高さを第一に考えてつくられたジュエリーだ。舞台や映画のコスチュームとして五大宝石を用いていないジュエリーを用いたことがきっかけで、コスチュームジュエリーと名づけられている。そして、このコスチュームジュエリーの認知度を高めたのが、ミリアム・ハスケルなのだ。渡辺さんはハスケルの研究家としても活動している。
「最初に結婚した男が、すごくおもしろい男だったんです。センスがやたらとよくて、イギリスのスポーツカーブランド・モーリスガレージの車に乗っていて。目新しいものが好きだったので、当時流行ったステンドグラスのつくり方をどこかで覚えてきて、自ら手づくりしたステンドグラスを用いた照明器具をつくって売ったりするような人でした。アンティークも好きな人だったので、2人でアンティークショップを始めたんです」
「当時は夫が海外に買い付けに行っていたのですが、夫から届いた買い付け品を確認していたときに出合ったのがハスケルのブローチでした。ハスケルの作品は、ブローチの裏側の座金が2枚で構成されていて、すべてのパーツがワイヤーで留められているんです。それを見た瞬間に『これ、すっごいおもしろいつくり方をしている!』と気になってしまって。それからずっとハスケルに魅了されているんです」
ハスケルに出合った渡辺さんは、その数年後に自らアメリカに渡り、ハスケルについて調べ始めた。
「『アメリカから買ってきたものだから、現地の人に聞いたらハスケルについて何か教えてもらえるかもしれない』と思い、問い合わせたら『よくわからない』と言われてしまって。自分で行って調べるしかないという一心で、アメリカに渡りました。とにかくハスケルを知りたかったので、本屋に行き、ハスケルについて記された本を数冊買ったんです。ホテルに帰って買った本を読むと、ハスケルのつくったコスチュームジュエリーは人気があり、一世一代で身をなした人だとわかりました。その瞬間『私の目に狂いはなかった。この人の作品を集めて、売ろう』と決めたんです」
そう決意した渡辺さんはアメリカに住むアンティークに詳しい知人に声をかけ、ハスケルの作品を日本に仕入れてもらうよう頼んだ。状態のよいものも悪いものもあったが、すべてに目を通し、ハスケルの作品を一つひとつ研究した。
「見れば見るほど、ハスケル独自のつくり方に惹かれました。日本には手芸の好きな人が多いですから、ハスケル流のジュエリーのつくり方を教えたら人気が出るんじゃないかなと思ったんです。でもまずは、コスチュームジュエリーを売らないと私の暮らしが成り立たない。そう考えていたときに、映画のスタイリストに出会ったんです」
セゾングループ(当時:西武セゾングループ)のエグゼがつくる映画にスタイリストとして参加することになっていた人に出会った渡辺さん。そのスタイリストに店の商品を貸し出して以降、西武有楽町店(2010年閉店)で開催されるジュエリーの催事に渡辺さんも声をかけられるようになった。
「お店によく来てくれていた女の子と2人ではじめての催事販売に立ちました。そうしたら、その子がすごい勢いで売上を上げてくれて。2週間で350〜400万円くらいの売上になったんです。それから年に2回、毎年呼んでもらえるようになりましたね」
「お客さんのなかには『偽物でしょ』と見向きもしない方もいましたが、コスチュームジュエリーは基本的には1点ものであることや、珍しいデザインのものが多いことから、注目してくれる方もたくさんいました。やっぱりいいものであったり、おもしろいもの、センスのいいものを扱えば、お客さんもついてくるんだなと自信がつきましたね。催事によく足を運んでくれたお客さんは、今でもこの国分寺のお店に通ってくれているんです」
そう笑顔で語る渡辺さんのモットーは「自分の思いに忠実に生きる」だ。
「『ああなったらいいな』『こうなったらいいな』と思っているだけでは駄目。何らかの行動を起こす必要があると常々思っているんです。何か行動を起こせば、その先に人がいて、その人たちとの会話のなかから次の仕事が見つかったりする。そういうつながりが大事だと思います」
「だから『酸い』と思うことはなかったですね。短大も卒業しないで家を飛び出た身なので、もともとが0からのスタート。夫とアンティークショップを始めたときもあまりお金がなくて、自分の貯金と妹から借りたお金で商売を始めました。売上が上がらないときは海外に買い付けに行くお金もなく、お店の電気も止まってしまう状態でした。でも、自分の身体さえ健康で、頭さえしっかりしていたら私は絶対に食いっぱぐれることはない、何とかなる、と思っていて。母に『マリちゃん、お金は天からのまわりもの。何とかなるものよ』と言われて育ってきたのも大きいのかもしれません」
店の営業資金が足らず、母親に何度かお金を借りたという渡辺さん。借りた日にそのお金を落としてしまったこともあった。
「母に借りた50万円を落としてしまい、慌てました。『もう、消費者金融に借りるしかない』と思った矢先に、お金が拾われたと警察から連絡が来たんです。そのときも『何とかなるもんだ』と思ったんですよね(笑)。落とした自分が悪いのに、一生懸命やっていたら天は見ていてくれるんだなって。私は宗教を信仰していないけど、ズルをせずにちゃんとやっていれば、ちゃんと天は見てくれる。だから何とかなる、と思うんです」
「他人から見れば、浮き沈みの激しい人生だったと思います。でも、私は自分がマイナスの状態にいると思ったことがないんですよね。『私の人生、こんなもんじゃない』と思っていたから、いいことがわかるようになったのかもしれません」
渡辺さんはジュエリーをはじめとしたアンティークの商品を買い付けする際も、自身の勘に従って商品を選ぶ。自分の思いに忠実に生きているからこそ、直感が磨かれ、よいものが見極められるのだろう。
「比較的安価に買えるもので、日本人が見たことのない、珍しいものを中心に買い付けをしていました。質の悪いものも並んでいるので、傷がないかを調べるためにルーペを通して1つずつ見るんです。やっぱり、ものを見る目を養うにはものをたくさん見るしかないです。だから、今ジュエリーのデザインの仕方を教えている生徒たちには質のいいコスチュームジュエリーをたくさん見せています」
現在、コスチュームジュエラーの養成に力を入れている渡辺さん。コスチュームジュエリーのデザインの仕方を教えるだけでなく、展覧会の開催方法や百貨店での販売ノウハウも伝授している。
「みんな、とにかくデザイン感覚や色彩センスがなくて(笑)。10年間ジュエリーを習っているという生徒でも、あらかじめ用意されたデザインのジュエリーのつくり方を教わるだけだから、0からかたちにできないんですよ。自分の頭のなかでイメージしたものをかたちにするという感覚がないんですよね。だから、いいものをたくさん見せて、つけさせて、学んでもらっています」
「3〜4年前からは、ゼミ生たちが少しでも『好き』を仕事にできるように、デパートに置いてもらえるよう取り計らっています。下北沢には生徒たちの作品を販売できるお店も構えているんです。ご主人の稼ぎで手芸を習わせてもらっているという生徒がほとんど。でも、私は自分の生活費は自分で稼ぐのがあたり前だと思っているし、そうやって働くから『もっとがんばろう』と思える。だから生徒たちにも自分の力で生活できるようになってほしいなと思い、最近はそういうことも教えているんです」
渡辺さんは言葉を続ける。
「自分の思い通りに生きられるのが、一番いいことだと思うんです。そうしていればストレスもありませんしね。コロナ禍で暮らしも変化しましたし、自分も変化しなければならない状況になりました。そんなときだからこそ、自分の思いに忠実に生きていきます」
店舗情報
ブロンディ アンド カンパニー
東京都国分寺市南町2-18-3 国分寺マンションB1
Tel:042-328-8757
営業時間 12:00頃~19:00頃
不定休
Costume Jewelers Company
東京下北沢駅近くのオリジナルコスチュームジュエリーの店。
渡辺マリ氏のもと、コスチュームジュエリーの女王ミリアムハスケルに学んだ全国19名の作家が「UNIQUE JEWELRY」をモットーにこだわりの1点ものを制作販売しています。日本では「ユニーク=変わっている、おもしろい」などのイメージが強いですが、「オンリーワン」という意味を大切に、作家の思い描くかたちやデザインを追求した、貴女だけのジュエリーを見つけてみてください。東京都世田谷区北沢2‐23‐11
営業時間 11:00〜17:00
(コロナ禍のため、開店時間を変更して営業中)
定休日:月曜日
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