老人ホームに潜入調査! 人間模様を描くやさしいドキュメンタリー——『83歳のやさしいスパイ』
83歳のスパイはミッションを果たせるのか?
文:花塚水結
編集部・花塚が今観たい映画作品を紹介する連載「気になるシーンをコマ送り スクリーンZIEL」。第10回目は、2021年7月9日(金)に公開された『83歳のやさしいスパイ』。
とある老人ホームに潜入し、入居者の虐待被害を密かに調査することになった83歳の男性セルヒオ・チャミー。舞台となった老人ホームの許可を得て、セルヒオがスパイだとは明かさずに撮影されたドキュメンタリー映画です。
セルヒオはスパイとして調査を行う傍ら、心優しい性格ゆえ、入居者たちの相談相手となってしまいます。はたして、課せられたミッションを達成することができるのでしょうか——。
第93回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた『83歳のやさしいスパイ』をご紹介します!
電子機器を駆使し潜入捜査を行う83歳のスパイ誕生
物語は新聞に小さく掲載された求人広告から始まります。
「高齢男性1名募集
80歳から90歳の退職者求む。長期出張が可能で電子機器を扱える方」
この求人を出したのはA&A探偵事務所の探偵であるロムロ・エイトケン。調査内容は、とある老人ホームで入居者が虐待の被害に遭っていないか、ターゲットの様子を密かに見守り、報告するというもの。入居者の娘から調査依頼を受けた探偵ロムロは、老人ホームへ潜入できる人材を探していたのです。
何人もの高齢男性が探偵事務所を訪れて面接を行った結果、スパイとして選ばれたのは妻を亡くし、新たな生きがいを探していた83歳のセルヒオでした。
最初はスマホの扱いにさえ不慣れなセルヒオでしたが、眼鏡型の隠しカメラや、暗号を使って老人ホームでの潜入捜査を行うのです。ハラハラさせるようなセルヒオの調査を追うカメラと、セルヒオが身につける眼鏡型の隠しカメラで撮影された映像とが織り混ざり、物語が構成されています。
困っている人を放っておけない——スパイらしからぬセルヒオの調査
ターゲットは老人ホームの入居者ソニア。セルヒオは、多くの入居者のなかからようやくソニアを見つけますが、捜査は難航。虐待の実態や盗難の被害に遭っている証拠を集めることができません。
それどころか、心優しいセルヒオは困っている入居者や、悩んでいる入居者のよき相談相手となり、いつしか老人ホーム内で一番の人気者になります。
目立ってはいけない存在のスパイが目立つ存在に。そんなセルヒオの行動に探偵ロムロも頭を抱えてしまいます。
しかし、ロムロがセルヒオに対して「きちんと捜査を行うように」と忠告すると、再び捜査を進めていきます。そして、捜査を進めたセルヒオが辿り着いたのは老人ホーム内の問題ではなく、入居者と家族間にある問題でした。
静かに、そして力強く介護問題を提起
本作は、「83歳のスパイ」という一見おかしな設定の男性を描くドキュメンタリーですが、その根幹には「介護問題」が提起されています。
施設に入居することで家族や友達との関係が失われ、孤独と絶望を感じる入居者たち。一目でいいから面会に来てほしい、家族の写真を見るだけでも胸がいっぱいになる——そんな入居者たちの思いが如実に描写されているのです。入居者たちを見ていると、どうしようもなく悲しくなりました。
ですが、心優しいセルヒオと出会い、触れ合った入居者たちの表情はどんどん柔らかくなり、口数が少なかったソニアも自分から話しかけるようになります。人と人の心のつながりは、何より大切なものであると痛感しました。
そして、セルヒオの最後の調査報告では、老人ホームの実態を目のあたりにしたセルヒオ自らの考えが述べられます。この言葉にあなたもきっと涙することでしょう。ちなみに私は大号泣でした。この言葉、ぜひ劇場に足を運んで、直接あたな自身の耳で聞いてみてください。
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- 作品情報
- 『83歳のやさしいスパイ』
公開日:7月9日(金)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
監督・脚本:マイテ・アルベルディ
出演:セルヒオ・チャミー、ロムロ・エイトケンほか
2020年/ドキュメンタリー/チリ・アメリカ・ドイツ・オランダ・スペイン/89分/カラー/ビスタ/5.1ch
日本語字幕:渡邉一治
配給・宣伝:アンプラグド
公式サイト: http://83spy.com/
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