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独りで生きていっても大丈夫——『おらおらでひとりいぐも』

主人公・桃子の「さみしさ」が、にぎやかな日々をつくる

連載 スクリーンZIEL 2020.11.09

文:花塚水結

編集部・花塚が、今観たい映画作品を紹介する連載「気になるシーンをコマ送り スクリーンZIEL」。第2回目は、2020年11月6日(金)に公開された『おらおらでひとりいぐも』。
本作は、若竹千佐子さんの著作『おらおらでひとりでいぐも』(河出書房新社)が実写化された作品です。
夫に先立たれ、孤独を感じる主人公・桃子(田中裕子)の前に現れた、桃子の声たち。1人だけど1人じゃない日常をとおして、桃子はどう変わっていくのでしょうか。

 

1人だけど1人じゃない。桃子の不思議な日常

 

子どもが独立し夫婦2人で平穏な日々を過ごそうと思っていた矢先、夫に先立たれ、孤独な日々を送る75歳、主人公の桃子。
いつもと変わらない、孤独で、退屈な日を過ごしていると、桃子と同じ服装で、故郷の東北弁を話す、寂しさ1(濱田岳)、寂しさ2(青木崇高)、寂しさ3(宮藤官九郎)が姿を現します。3人は、桃子の心の声を具現化した姿でした。桃子が昔に捨てた故郷の言葉・東北弁を聞いていると、だんだんと幸せだったときを思い出していくのです。

© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

オリンピックがはじめて日本で開催された1964年。当時20歳だった桃子は、気が乗らないお見合いを放棄し、地元の岩手から東京へ上京します。蕎麦屋で働くも、自分のことを「おら」という東北弁に恥じらいを感じていた桃子は、東京に馴染めずにいました。

ところが、新しい職場の定食屋で働き始めたある日、恥じらいもなく大きな声で東北弁を話す、店の常連・周造(東出昌大)と出会います。そんな周造に惹かれた桃子は、徐々に周造との距離を縮めていきます。やがて2人は結婚し、2人の子どもにも恵まれ、幸せな日々を過ごすのです

 

夫に先立たれ、子どもと離れて暮らす桃子は、孤独か? 自由か?

 

夫に先立たれてから数年。桃子の日常といえば、近所の図書館で本を借り、病院で薬をもらい、地球46億年の歴史をノートに取る毎日。図書館の澤田さん(鷲尾真知子)に、大正琴や太極拳に誘われても、断り続けます。

この先、孤独だけを抱えながら最期まで生きていくのかと考えながら晩ご飯を食べていると、突然脳内の妄想でディナーショーが開催されます。突然マイクを渡された桃子は、今まで口には出してこなかった本音を歌に乗せてぶちまけるのです

© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会
© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

「自由」を求めて故郷から上京したはずなのに、いつの間にか「愛」を求めていた——。古い生き方にとらわれていたんだと悟った桃子は、「大事なのは愛より自由だ、自立だ」と歌い上げます

そして、周造の墓参りに行く日、寂しさたちは姿を現しませんでした。桃子はお弁当と水筒を持ち家を出ると、いつもよりいきいきした気持ちになっていたのです。
そんな気持ちで思い出の地を歩いていると、幸せだった昔の記憶が次々と思い出され、次第に今の孤独に気づいてしまいます。そんな桃子を、過去の自分(幼少期・浅田芭路、20〜30代・蒼井 優)たちや亡くなった周造が姿を現して慰めるのです。

© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会
© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

人生の出来事一つひとつに意味を見つけ出し、「私は1人で生きていける」=「おらおらでひとりいぐも」と決意した桃子の日常が、今輝き始めます

 

このシーンが気になった!

 

この映画で気になったのは、桃子の心の声が擬人化され、現れるシーンです。劇中には、寂しさ1、2、3のほかに「どうせ(六角精児)」という感情も擬人化されて出てきます。

朝目覚める度、「どうせまた昨日と同じ今日を過ごす」という心の声・どうせは、布団から起き上がろうとする桃子に迫り、囁きます。最初にどうせが出てきたときは、桃子の心の声だと気づかず、「息子が親に向かって失礼なことを!」と思ってしまいましたが、桃子が起き上がるとどうせは消え、心の声だったのだと気づくのでした。

毎朝、どうせが現れていた桃子ですが、お弁当と水筒を持って出かけた朝は、どうせが現れませんでした。「いつもと違う1日にするぞ」と思うことで、何気ない日常も輝いて見えるのかもしれません

© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

おそらく、今の日本では、桃子のような人がたくさんいるのではないかと思います。同じような毎日を過ごし、退屈だと感じてしまうのは、きっと年齢に限らないですよね。私も時々退屈だと考えてしまうこともあります。
でも、退屈な日常にしているのは、ほかの誰でもなく、自分の「どうせ」という気持ち。「どうせ私は」と何かにつけて言い訳をし、何もしない自分のせいなんですよね。

「どうせ」死ぬまで生きていくんだったら、楽しい毎日を送りたいものです。しかし、急に新しいことにチャレンジするのは、勇気がいりますよね。
帰り道をちょっとだけ遠回りしてみたり、いつもと違う入浴剤を買ってみたり、日常に小さな変化を加えて楽しみながら生きていれば、新しいことを始めるハードルを少しだけ下げられるのかもしれません。「どうせ」を排除して、桃子さんのように、輝く日常を送りたい。そう思わせてくれる映画でした


原作を読んだことがある方や、この映画を観た方はぜひコメントで感想を教えてください!

 

おらおらでひとりいぐも』(2020年)
公開日:2020年11月6日(金)
監督・脚本:沖田修一
出演者:田中裕子、蒼井 優、東出昌大ほか
配給:アスミック・エース
公開している劇場:TOHOシネマズ日本橋TOHOシネマズ日比谷TOHOシネマズ新宿など全国で公開中
© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

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