洋服デザイナー・三原寿美子の「輝き方」
70歳——洋裁一筋で駆け抜けた人生
取材・文:花塚水結
「自分のキャパシティの範囲で、受けられる仕事を受けています」
70歳の現在も、現役で活躍する洋服デザイナーの三原寿美子さん。デザインから販売までを自ら行い、常設店舗やオンラインでの販売は行っていないにもかかわらず、口コミだけで婦人服業界を駆け抜けてきました。そんな三原さんの「輝く」秘訣を伺いました。
自分と顧客の双方が納得のいく洋服をつくる
——三原さんは普段、洋服をつくる仕事をなさっていると伺いましたが、おひとりでつくられているのでしょうか?
三原:はい。デザインから販売にいたるまで、基本的には自分で行っています。今は裁縫の工程で先輩のベテラン技術者に入ってもらっていますが、それ以外は基本的に1人ですね。お客様には自宅兼作業場に来ていただいたり、LINEなどでやりとりをしたりして、ヒアリング。やりとりのなかでイメージを膨らませ、どんな洋服をつくっていくのか意見をすり合わせながら決めていきます。
店舗やオンラインでの販売は行っていませんが、時々、百貨店などで展示会をやらせてもらっているので、そのときは店頭に立っています。
——すべて自分で行っているのは単純にすごいなと感じますが、大変だなと思うことはありませんか?
三原:ありますね(笑)。でも、自分のキャパシティの範囲で受けられる仕事しか受けないんです。常設店舗やオンライン販売を行っていないと言いましたが、これが最大の理由でもあります。「自分の洋服が世界に広まってほしい!」とは思っていなくて、「自分の価値観と合う方に着ていただきたい」と思っているだけなので。
だから、お客様の要望に「はい、はい」と応えるだけのことはしません。自分が「ここは変だな」と思った部分は修正の提案をしますし、お互いに納得のいく洋服を目指しています。
——「自分のキャパシティの範囲で受けられる仕事しか受けない」って、難しいかもしれませんが、とても大事なことだと思います。
三原:洋服っていろいろな価格帯のものがありますが、自分の場合、1000円の洋服を100人に売ることはできません。また、過剰な付加価値をつけて100万円の洋服をつくることもしていません。ただ、隅々にまでこだわった10万円のものを、目の前の1人に買っていただくことで十分なのです。
工夫を凝らして価格を抑えたリーズナブルなものも、豪華すぎるものも、私自身が望んでいないんです。そして、そうした洋服を望んでいる方にニーズを合わせてつくることもしません。私の価値観と合う方と出会えればいいなと思っているので。
「動きやすさ」と「美しいシルエット」を追求
——洋裁をはじめたきっかけは何なのでしょうか?
三原:私たちが子どものころは、一家に一台ミシンがあった時代です。一般の家庭でも布団を打ち直していましたし、私自身も真綿を引っ張ったり、着物の洗い張りのお手伝いをしたりしていました。自然と針や布切れを手にする環境で育ったので、洋裁の道に進むのは、ごく普通のことだったと思います。気づいたらもう50年近くアパレル業界にいますね。
——長年、一筋でやられていることがとてもすごいと思います。洋服をつくるうえで、最もこだわっていることは何ですか?
三原:「動きやすさ」と「シルエットの美しさ」にこだわっていますね。私の洋服を買ってくださるの大半の方は、働いている女性なんです。特に働く女性にとって、洋服は名刺代わりだと思っています。社交の場に顔を出したり、ジャケットスタイルで動き回ったりするとき、きちっとしたジャケットを羽織っているだけで凛とした印象を与えられますから。
働いている人はとにかくよく動くので、特に意識していることのひとつに「腕の上げやすさ」があります。例えば、満員電車に揺られる際、つり革につかまりますよね。腕を上げにくいジャケットやコートを着ていると、洋服全体が引っ張られて不格好に見えたり、変に力が入って疲れたりするのです。
そのため、動きやすいパターンメーキングを心掛けた試作品を自分で着て、仕事や生活のシーンで着用しています。そうして、「どんなかたちの洋服なら長時間着て動いても疲れないのか」を徹底的に研究しています。そのおかげで、「気づいたらジャケットを1日中脱がずにいられた」「ジャケットを着たまま板書ができる」など、うれしい声をもらいます。
——わからないことは、自ら経験して研究する姿がとても素敵です。
三原:そのために、ヒアリングでは職業を伺うこともありますよ。
それから、働いている女性だけではなくて、年齢を重ねて腰の曲がっている方が洋服を買ってくださることもあります。そんな方の洋服には、パターンの段階で背中部分にたっぷりダーツやタックを入れるんです。そうすると、腰の曲がった方が着ても、背中がストンと真っ直ぐに落ちて、とてもきれいに見えるんですよ。そうして一人ひとりのライフスタイルに合わせて細部にこだわっています。
今の自分に合わせたワークライフバランス
——とことん仕事にこだわりを持っていらっしゃることが伝わってきます。そんな三原さんの日々の癒やしは何でしょうか?
三原:小さなスペースですが、庭でガーデニングを楽しむことです。東日本大震災の被害による悲惨なニュースを見て、すっかり心が荒んでしまったんです。そんなとき、少しでも心の癒しになればと思ってはじめたのがきっかけで、もう10年以上になりますね。
今はバラを中心にたくさんのお花を植えています。表土が乾かない程度に水をやればOKなので、お手入れは簡単。それに、洋服のデザインを考えたりして作業に詰まったとき、お花のお手入れがとてもいいリフレッシュになるんです。
自宅兼作業場は埼玉県の熊谷にほど近く、夏はとても暑くなるので日よけにも最適ですし、窓の外にお花が咲いていると、お客様もよろこんでくれます。洋服をつくるとき、お客様にはリラックスしてもらいたいという思いもあるので、欠かさずに続けていることのひとつになっています。
——洋裁の合間にお花のお手入れをするって、すごく素敵なライフスタイルで憧れます。これから先も洋服づくりは続けていくのでしょうか?
三原:徐々に仕事からはフェードアウトをしようと思っています。年齢を重ねるにつれ、物忘れが多くなったり、指先が思うように動かなくなったり、視力が落ちたり……という体の変化もあり、仕事量を徐々に減らしていこうと計画をしていたんです。最初はなかなか仕事量が減ることはなく、どうしようかと思っていたとき、世界中でコロナウイルスが流行しました。予想外の出来事でしたが、仕事量を減らすいいきっかけになりましたね。
仕事量が減り、あまった時間は仕事や生活の「質」を上げることに使いました。普段、なかなか時間が取れなかったリラックスタイムなどを設けた結果なのか、洋服のパターンやデザインのアイデアを考えるとき、思考がクリアになっている気がして、よりいいものができるなと思うことがあります。「幸せ指数」が上がったなと思いましたね。
——洋服がとても好きなんだということが伝わってきます。どこまでも、「自分のキャパに見合う仕事」を追求しているからこそ、いい結果が生まれるのかもしれませんね。
三原:そうだといいのですが。これからの人生は、細やかに納税できて、いい人間関係に恵まれて、人生を全うできればいいなと思っています。自分の裁量のなかで好きな洋服をつくり、それを好きな人に着ていただく——これ以上ない幸せだと思います。
- 展示会予定
- ①
会場:ギャラリー藍花
会期:2023年3月30日(木)~4月4日(火)
最寄り駅:熱海駅
HP: http://aibana-g.blogspot.com/
②
会場:ギャラリー個性
会期:2023年4月21日(金)~4月26日(水)
最寄り駅:所沢駅
HP: https://www.facebook.com/gallery.kosei/?locale=ja_JP
③
会場:東京交通会館地下1階 シルバーサロンC
会期:2023年6月4日(日)~10日(土)
最寄り駅:有楽町駅、銀座一丁目駅、銀座駅、日比谷駅
HP: https://www.kotsukaikan.co.jp/
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