人にとって、新陳代謝とは何だろう?
「新陳代謝を促せば健康になる」は本当なのか
取材・文:花塚水結
「新陳代謝量を促せば健康になれる!」といった情報を目にしたことがあるのではないでしょうか。新陳代謝とは、古いものから新しいものへの入れ替わりを表しますが、そもそも人にとって「新陳代謝」とは、どのようなしくみなのでしょうか?
新陳代謝のしくみや健康との関わりを、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所 栄養・代謝研究部 エネルギー代謝研究室 室長の吉村英一先生に「新陳代謝」について伺いました。
新陳代謝とは、細胞の入れ替わり
花塚:よく「基礎代謝量を上げて新陳代謝を促せば、健康になる!」というような情報を目にすることがあるのですが、新陳代謝を促すには、どうしたらいいんですか?
吉村:実は、基礎代謝量を上げれば新陳代謝が促されるとも言い切れないですし、新陳代謝を促せば健康になるとも言い切れないんです。
花塚:……。えっと……、すみません、そもそも新陳代謝とは何なのでしょうか?
吉村:新陳代謝を細胞単位で考えた場合、細胞が古いものから新しいものに入れ替わることを言います。たとえば、私は今日も明日も外見上は同じように見えますが、筋肉を細胞レベルで見ると、今日と明日では古い細胞と新しい細胞が一部入れ替わっています。また、その入れ替わるスピードは身体の組織によって異なります。
花塚:古いものから新しいものに入れ替わることが新陳代謝、というわけですね……。
吉村:爪を切っても新しい部分が生えてきますし、髪の毛が抜けてもまた新しい毛が生えてきますよね。肌の角質も同様に入れ替わっています。爪も髪も角質も、常に古いものと新しいものが入れ替わっており、新陳代謝が起こっているのです。これは、生きている限り続いていきます。
花塚:生きている限り、私たちの身体の中の細胞は入れ替わっているんですね。新陳代謝と似たような言葉ですが、基礎代謝量とは何なのでしょうか?
吉村:基礎代謝量とは、生きるうえで最低限必要なエネルギー消費量(覚醒時における最小限のエネルギー)のことです。基礎代謝量は性別、年齢、除脂肪量、体脂肪量で7~8割説明できます。下の図を見てください。
吉村:ヒトが1日に消費するエネルギーのグラフです。
大きく分けると「活動をすることで消費されるエネルギー」と「安静状態でも消費されるエネルギー」に分かれます。ここでの活動とは、安静時よりも活発なすべての活動を指し、買い物、労働、通勤、運動、食事などが挙げられます。
そして、1日の消費するエネルギーの半分くらいを占めているのが「安静状態でも消費されるエネルギー」ですが、これを「基礎代謝量」と呼んでいるわけです。よく新陳代謝と基礎代謝量の意味を混合してしまう方もいると思うのですが、実は異なります。
花塚:2つの違いがよくわかりました!
ですが、「基礎代謝量を上げて新陳代謝を促せば、健康になる!」とは言い切れないのですよね?
吉村:「基礎代謝量が高い人は新陳代謝がよい人が多い」というように、一見2つの要因は直接的な関係があるように見えると思うのですが、「基礎代謝量を高めることで、新陳代謝がよくなる」ことについては、必ずしもそう言い切れないと考えています。後でもお伝えしたいと思いますが、そもそも基礎代謝量を高めることが難しいことなのです。
代謝が高いからと言って健康であるとは限らない
花塚:「代謝が高いと、健康になる」のでしょうか?
吉村:新陳代謝と基礎代謝量を分けて考えてみたいと思います。
まず新陳代謝を高めることで健康になるのかについては、どのレベルまで新陳代謝を高めることをゴールとするのかで解釈は変わってくると思います。人は恒常性のある動物です。私たちの身体は熱が上がれば下げようとしますし、運動して心拍数が上がれば時間とともに安静時の心拍数に近づきます。さらにお腹が空いてご飯をたくさん食べてもしばらくするとその勢いは抑制されます。つまり、通常状態に戻ろうとしますよね。
「新陳代謝が高い状態が続く」ということは、身体の何かが通常状態を上回るもしくは下回る状態が続くことになります。仮に、通常状態を上回る早いスピードで新陳代謝が続くと、恒常性の範囲を超えてしまうかもしれませんよね。あくまでも私見ですが、通常状態を上回る状態が続くことはある意味で異常な状態ですから、必ずしも健康によいとは言いきれないのではないかと考えています。
吉村:そして基礎代謝量に関してですが、寿命という観点でみると基礎代謝量が高い人は、基礎代謝量が普通の人よりも1.1~1.3倍死亡リスクが高い研究結果がアメリカで報告されています。これらの理由については、エネルギー代謝回転の亢進による活性酸素の増加が老化を促進する説などがありますが、まだ定かではありません。現時点で基礎代謝量が高いことが必ずしも長寿につながるとは言い切れないようです。
花塚:身体に負担がかかっている状態は健康とは言えないですね……。
「寿命」ではなく、「痩せる」という観点ではどうでしょうか? 筋肉量を増やして代謝量をアップすると痩せやすくなると聞いたことがあります!
吉村:ん~、基礎代謝量を上げたら痩せることができると断言できる根拠はほとんどないんです。
花塚:……。な、なぜでしょうか?
吉村:たしかに、身体を鍛えて筋肉量を増やせばエネルギー消費量は上がるのですが、その量は微々たるものです。
たとえば、花塚さんの1日のエネルギー消費量が2200kcalだと仮定して、どのくらいエネルギー消費量を上げたいですか?
花塚:おやつのメロンパン1個分くらいは消費できるように、エネルギー消費量を上げたいです!
吉村:なるほど。身体の臓器や組織のエネルギー消費量を推定した報告によると、体重が70kgの方(欧米人30歳男性をモデル)の筋肉1㎏あたりの代謝量は約13kcal/日と言われています。
メロンパン1個のエネルギーは大体400kcal程度です。筋肉量を増やした際も前述の関係が成り立つと仮定し、筋肉量だけが変化すると考えた場合、この400kcal分の基礎代謝量を上げようとすると、筋肉を31㎏以上も増やさなければならないことになります。現実的ではないですよね(実際には、筋肉トレーニングで筋肉量を増やそうとすると、筋肉量以外の組織・臓器も増加するため、エネルギー消費量は13kcal/日以上増加すると考えられます)。
花塚:えっ! そんなに筋肉を増やさなければならないのですか!?
吉村:はい。筋肉量を1kg増やせばエネルギー消費量は約13kcal増えるかもしれませんが、筋トレして筋肉を増やしても1日の消費エネルギーに与える影響はわずかです。13kcalは、体重70kgの方であれば5分とちょっとの時間の散歩で消費できるエネルギーです。なので、基礎代謝量を上げる労力よりも、運動を含む身体活動によってエネルギーを消費する労力のほうが圧倒的に現実的なんです。
花塚:「痩せる」という観点でも基礎代謝を上げればいというわけではないのですね。
痩せるためにはどうすればいいのでしょうか?
吉村:体重のコントロールはエネルギー摂取量とエネルギー消費量のバランスによって決まります。痩せるためには、運動などでエネルギー消費量を増やし、習慣的にエネルギー摂取量を上回るエネルギー消費量が必要です。または、食事調節などでエネルギー摂取量を減らし、習慣的にエネルギー摂取量がエネルギー消費量を下回る必要があります。
このように、体重のコントロールのためには、運動や食習慣を振り返り、問題点を改善することが肝要になります。しかし、理論はわかっていてもなかなかコントロールが難しいのが悩ましいところですよね。ストレスで、つい目の前のチョコレートを……となりがちですよね。
花塚:運動や食事がカギになるのですね。
なりたい自分のゴールを描いて健康法を試そう
花塚:「代謝を上げれば健康になる!」と思い込んでいましたが、必ずしもそうとは言い切れないことを知り、驚きでした。
吉村:新陳代謝と基礎代謝量は、ともに生体内の機能を維持するうえで極めて重要な役割を果たしています。しかし、それらが健康と直結するのかはもう少し吟味する必要がありそうです。自分のイメージする健康が長生きなのか、体重コントロールなのか、筋肉の増量なのかと、設定するゴールによって行うべきことが変わると思います。ぜひ自分自身の目的に応じた健康のゴールを描いてそれに合った健康法を吟味したうえで、チャレンジしてみてくださいね。
新陳代謝について興味を持たれた方は、ぜひコメント欄で教えてください。
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吉村英一
国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所 栄養・代謝研究部 エネルギー代謝研究室 室長
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