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今読みたい!平野啓一郎『ある男』

愛にとって過去とは何なのか——珠玉の感動ヒューマンミステリー

連載 ZIEL編集部が選ぶ 今、読みたい本 2021.10.18

文:出口夢々

編集部が新刊本を紹介する連載「ZIEL編集部が選ぶ 今、読みたい本」。毎月の特集テーマと関連のある内容のものを選び、紹介していきます。

第12回目に紹介するのは、2021年9月1日に発売された平野啓一郎の『ある男』。人はなぜ人を愛するのか。幼少期に深い傷を背負っても、人は愛にたどりつけるのか。人間存在の根源と、この世界の真実に触れる文学作品です。

 

『ある男』のあらすじ

弁護士の城戸はかつての依頼者である里枝から奇妙な相談を受ける。里枝の亡くなった2人目の夫「大祐」の身元調査をしてほしいと連絡してきたのだ。

宮崎県で生まれた里枝は、高校卒業後に神奈川県の大学へ進学して就職し、建設事務所に勤務していた男性と結婚。2人の子を授かったが、次男を病で失い、次男の治療をめぐって対立していた夫とは離婚した。離婚は調停にまで発展し、揉めに揉めた。11カ月も要して合意にいたったのだが、そのとき里枝を弁護したのが城戸だった。

里枝は離婚後、宮崎県にある実家に戻り、両親が営む文房具屋を手伝い始めた。そこに現れたのが「大祐」である。大祐は林業で生計を立てたいと、35歳のとき宮崎県にやってきた。時間があるときに絵を描くことを趣味としていた大祐は、里枝の文房具屋で画材を買いにきた。それが2人の出会いだった。

約1年後、2人は結婚。2人のあいだには女の子が一人生まれた。里枝と大祐、長男の悠人、そして花の4人で暮らした。大祐が山で事故に遭ったのは、長男の悠人が12歳、花が3歳のときだった。

悲しみにくれるなか、大祐の法要の日に長年疎遠になっていた大祐の兄・恭一が訪ねてきた。
里枝は仏間に案内して、「どうぞ。」と勧めた。母は、少し離れたところから二人の様子を窺っていた。恭一は、正座をして、しばらく遺影を見たあと、「これは?」と振り返った。
「亡くなる一年ほど前の写真です。」
「ああ、……どなたですか?」
「……どの写真ですか? ああ、そっちは父と息子です。」
「息子さん?……あ、いや、そっちじゃなくて、こっちです。大祐の遺影は、ないんですか?」
「……それですけど。」
恭一は、眉間に皺を寄せて、「ハ?」という顔をした。そして、もう一度写真に目を遣って、不審らしく里枝の顔を見上げた。
「これは大祐じゃないですよ。」

平野啓一郎『ある男』p.39,l.7-18

 

一気読み必須のヒューマンミステリー

「これは大祐じゃないですよ。」

恭一のこの一言で、物語にグッと引き込まれました。愛したはずの夫がまったくの別人で、誰かもわからない。「大祐」は本当は誰なのか、なぜ別人として生きていたのか――。「ある男」をめぐる謎を解き明かしたい、その一心で、物語の最後まで一気読みしてしまいました。あらすじを読んで、すでに本を読みたくてうずうずしている人も多いはず!

読者は城戸とともに「ある男」の正体を追っていくのですが、人間のアイデンティティとは何なのか、愛にとって過去とは何なのかをじっくり考えさせられる作品でした。とはいえ、大祐は本当は誰なのか、ミステリー的な要素に心惹かれると思います。ですので、1回目は「ある男」の真相を追い、2回目はじっくりと物語の細部まで読んでみてください。読み返すとたくさんの発見があり、物語をより多角的に楽しめると思います。ぜひ感想をコメント欄で教えてください!

ちなみに、「ある男」は映画化が決定しています! 城戸を妻夫木聡さんが、里枝を安藤サクラさんが、「大祐」を窪田正孝さんが演じられます。2022年公開予定です。この物語がどのようにして映像で表現されるのか、楽しみです!

公式サイト: https://movies.shochiku.co.jp/a-man/

 

▼あわせて読みたい!平野啓一郎『マチネの終わりに』

たった三度出会った人が、誰よりも深く愛した人だった――。天才ギタリスト・蒔野聡史と、国際ジャーナリスト・小峰洋子。四十代という〝人生の暗い森〟を前に出会った2人の切なすぎる恋の行方を軸に芸術と生活、父と娘、グローバリズム、生と死など、現代的テーマが重層的に描かれる。

ぜひ、この秋は『ある男』を読んで愛とは何かを、『マチネの終わりに』を読んで年齢と恋愛の関係性を考えてみてください!

公式サイト:https://k-hirano.com/lp/matinee-no-owari-ni/

 

書籍情報
平野啓一郎『ある男』(文春文庫)
定価:820円(+税)
発売日:2021年9月1日
ISBN:978-4-16-791747-0
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167917470

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