今、読みたい! 千早茜『クローゼット』
洋服へ真摯に向き合うことで自分自身を取り戻す
文:出口夢々
編集部・出口が新刊本を紹介する新連載「ZIEL編集部が選ぶ 今、読みたい本」。その月に発売された本のなかから、毎月の特集テーマと関連のある内容のものを選び、紹介していきます。
第2回目に紹介するのは、2020年12月1日に発売された千早茜の『クローゼット』。11月の特集テーマ「暮らしの新陳代謝を高める」。モノを捨てられずに困っている人、モノを捨てたくない人もいるのではないでしょうか。そこで、モノに対する考え方や、モノの持つ背景まで思いを馳せることのドキドキ感が味わえる1冊を選びました。
継承されていくモノの力に気づかされる1冊
フランスの宮廷服やベルギーのアンティークレース、バレンシアガのコートにディオールのワンピース——17世紀から現代にいたるまでの西洋の服が眠る服飾美術館。
そこで洋服の補修士として働く白峰纏子は、幼いころに遭った事件が原因で男性へ恐怖感を抱いています。そんな纏子がおぞましい記憶から解放されるのは洋服と向き合って、その洋服の持つ物語や歴史を紡ぎ直すときだけでした。
そんな纏子が働く服飾美術館でひょんなことから働くことになった、下赤塚芳。
幼いころから男性服・女性服問わず美しい服が好きだった芳は、男性がワンピースやスカートを着ることがタブー視されていることに疑問を抱いていました。また、芳自身、男でありながらも女性服が好きという理由で傷ついた過去がありました。
心に傷を持つ纏子と芳。まるでクローゼットのような閉ざされた空間で洋服と真摯に向き合う2人が、痛みから解放され、自分自身を取り戻していく物語です。
1万点以上の洋服が眠る服飾美術館。それらの洋服はただ歴史的価値があるだけでなく、纏子をはじめとする補修士が1点1点、時間と労力をかけて補修することで洋服本来の輝きを放っています。
デザイナーが意匠を凝らし、補修士がその意思を繋いでいく——。芳がはじめて服飾美術館を訪れ、それらの洋服と対峙するシーンでは芳の高揚感が伝わり、「時代を越えて受け継がれる思いが込められたモノに囲まれて過ごせたら、どんなにうっとりした気分になれるのだろう」と思わず夢想してしまいました。
服飾美術館で働く人たちの「モノを愛する姿勢」に注目です。
- 書籍情報
- 千早茜『クローゼット』(新潮社刊)
定価:649円(+税)
発売日:2020年12月1日
ISBN:9978-4-10-120382-9
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