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今、読みたい! 朱野帰子『対岸の家事』

家族のために「家事をすること」を仕事に選んだ女性の物語

連載 ZIEL編集部が選ぶ 今、読みたい本 2021.6.24

文:出口夢々

編集部が新刊本を紹介する連載「ZIEL編集部が選ぶ 今、読みたい本」。毎月の特集テーマと関連のある内容のものを選び、紹介していきます。

第9回目に紹介するのは、2021年6月25日に発売された朱野帰子の『対岸の家事』。家族のために「家事をすること」を仕事に選んだ女性が輝く姿を、ぜひご覧ください!

 

『対岸の家事』のあらすじ

ZIELの制作を始めてから1年半が経ち、これまで多くのZIEL世代の女性たちにお話を伺ってきました。「新卒で入社した会社で定年まで勤め上げた」「結婚を機に上京し、育児の傍ら仕事をしてきた」「専業主婦として家族のために働いてきた」——人生は三者三様で、かけがえのない時を積み重ねてきたのだなと実感しています。

先日は67歳にしてYouTubeチャンネルを開設した、島崎真代さんにインタビューをしました。大学卒業後、すぐに結婚した島崎さんは、専業主婦として家事と育児に追われる日常のなかで、「社会との断絶」を強く感じていたとおっしゃっていました。島崎さんにとって「社会はテレビで見るもの」だったそうです。

『対岸の家事』の主人公・村上詩穂も、専業主婦として子育てをする女性です。隣人のワーキングマザー・長野礼子には「専業主婦なんて今どき絶滅危惧種」と冷笑され、育休中で国家公務員の主夫・中谷達也には「今どき専業主婦なんて考えが甘い」と揶揄される詩穂。そんな彼女が唯一家の外で息抜きできるのが、坂本さんと過ごす時間でした。

坂本さんは詩穂の近所に住む70歳の専業主婦。夫に先立たれ、一人暮らしをしている女性です。育児で心がいっぱいいっぱいになり、ふらふらと散歩をしていた詩穂に「大丈夫」と声をかけたの坂本さん。居酒屋に勤める夫が帰宅するのは深夜でまともに話をすることもできない、児童支援センターに行っても専業主婦であることをバカにされ、子どもを連れて公園に行っても主夫に軽蔑される——社会からもコミュニティからも分断された詩穂の「孤独」に手を差し伸べたのが坂本さんだったのです

坂本さんしか話し相手がいなかった詩穂ですが、子ども同士のやりとりをきっかけに、礼子や中谷とも交流が生まれます。彼らと話した詩穂は、自分の抱えている孤独は、性別や立場が違っても、主婦(夫)であれば誰しもが感じるものだと気づきました。「専業主婦だからこそ、今の自分にできることはないか」——孤独を感じていた詩穂が、周囲を巻き込み、前に進んでいく物語です

 

詩穂が提示する「柔軟な生き方」

「一日でいい。誰かにご飯を作ってもらいたかった」

物語の冒頭、詩穂の内心を表す一文に、ひどく共感しました。物語でも書かれていますが、家事って終わりがないんです。疲れている日でも家族のために料理はつくらないといけないし、掃除や洗濯から目を背けることができない。自分以外の「誰かのため」だからこそ頑張れる反面、「誰かがいるから」やらなきゃいけない——大切な人の存在が活力にも負担にもなるのが家事のむずかしさだなと思います。そのうえ、詩穂は2歳の娘の子育て中。まだ会話ができない相手と1日中過ごす閉塞感が物語の随所から伝わってきます。

不器用ながらも新しい一歩を踏み出す詩穂が魅力的で、ページが進むにつれ物語にどんどん引き込まれていきます。ですが、待機児童問題や少子高齢化社会の進展、女性の社会進出の現実など、正直、目を背けたくなるような現実問題もたくさん描かれています。

それらの問題が物語中で解決されるわけではありません。ですが、問題だらけの現実を柔軟に生きるヒントが散りばめられていて、読んでいるうちに気持ちが楽になっていきます。困難に真正面から向かったり、逃げたりすることだけが解決策ではない。困難を抱えつつも「こんな生き方もありなんだ」と、背中を押される物語です

家事も育児も「対岸の火事」ではなく、まわりの人みんなで考えるべき問題。性別や立場が違っても主婦(夫)であれば誰しもが孤独を感じるのなら、性別や立場を超えた多くの人にこの物語を読んでほしい1冊だなと、強く思いました

誰かと話したい、社会と繋がりたい——そう感じたことがある過去の自分を救ってくれるような作品です。

 

▼あわせて読みたい!
宮西真冬『誰かが見ている』

ある夕方、保育園から榎本千夏子に一本の電話が入った。
「夏紀ちゃんがいなくなりました」
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https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000349475

書籍情報
朱野帰子『対岸の家事』(講談社文庫)
定価:840円(+税)
発売日:2021年6月15日
ISBN:978-4-06-523712-0

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