「和文化」で、いつもの3倍「春」を味わう
ご先祖さまへの思いが届く! 春分の日
取材・文:出口夢々
「季節を存分に味わいたい」。そう思っているみなさんに朗報です!「和文化」を暮らしに取り入れるだけで、そんな願いを叶えられてしまうんです!!
……ところでみなさん「和文化」ってご存知ですか? 私、編集部の出口は、正直なところ知りませんでした(小声)。和文化研究家の三浦康子さんにお話を伺ったので、「和文化」を知って、素敵に人生を祝福しましょう!
私たちの暮らしに息づく「和文化」
三浦:出口さんは「和文化」という言葉をご存知ですか?
出口:実ははじめて聞きました。
三浦:それもそのはず。和文化という単語は辞書に載っていないんです。
出口:へぇ〜、そうなんですね。でも、「和=日本」の文化ということで、ひな祭りや端午の節句など、古から伝わる日本の文化を指しているのかなと、なんとなくイメージできます。
三浦:そう、私が和文化と呼んでいるのは、昔から日本人が馴染んできた、日本の暮らしに息づく文化のことなんです。「日本文化」と聞くとなんとなく高尚で堅苦しいイメージを抱く方が多いのですが、「和文化」と聞くと親しみを持っていただけると思い、こう呼んでいます。それに「和」という字から、「心が和む文化」というイメージも抱けるのではないでしょうか。昔から親しんできた文化って、触れるだけで心が和みますよね。なので「和」の漢字を用いたかったという理由もあります。
出口:確かに、「和文化」のほうが現代の暮らしに取り入れやすい雰囲気がありますね! 三浦さんはどうやって和文化を暮らしに取り入れているんですか?
三浦:まずは、二十四節気を意識して、過ごしています。
出口:二十四節気って、「立春」や「春分」などですよね。よくカレンダーに書かれているのを目にします。でも、2月3日に「立春」と書かれていても、「えっ、まだまだ冬の様子じゃない?」と、暦の季節と実際の季節にズレを感じることが多いのですが…..。
三浦:その意見、よく聞きますよ! ではまず、二十四節気と暦の関係についておさらいしましょう。
出口:よろしくお願いします!
三浦:季節というのは太陽の動きに影響されています。昔使っていた旧暦は「太陰太陽暦」といい、月の満ち欠けにもとづいているので季節感にズレが生じました。そのズレを補うために、太陽の動きにもとずく二十四節気を取り入れて季節の目安にしました。
出口:ということは、二十四節気は新暦にはそぐわないものなんですか?
三浦:いえ、二十四節気は旧暦のころよりも、新暦の今のほうがフィットしているんですよ。
現在、日本で使われている新暦は「太陽暦」といい、その名のとおり太陽の動きにもとづいてつくられています。二十四節気は太陽が移動する天球上の道・黄道を24等分したもの。暦も二十四節気も同じ太陽にもとづいているので、昔よりも今のほうがフィットするわけです。
出口:じゃあ、ズレを感じてしまうのは私の勘違いなのでしょうか?
三浦:いえいえ、勘違いではありませんよ。二十四節気は、そもそも中国でつくられたものなんです。中国と日本では緯度や気候が異なるので、季節感にズレが生じてしまうんです。でも、このズレを補うために、日本独自でつくられた「雑節」という季節の目安があります。彼岸や八十八夜、土用などですね。
出口:なるほど! ズレが生じる理由を知っていると、二十四節気の捉え方が変わりますね。立春も「今日から」ではなく「これから春が始まるんだ〜」と捉えられます。
三浦:2021年の場合、3月、4月は、3月5日から「啓蟄」、3月20日から「春分」、4月4日から「清明」、4月20日から「穀雨」……という具合に、二十四節気が移り変わっていきます。啓蟄は、大地が温まって、冬ごもりから目覚めた虫が顔を出すころ。春分は、昼夜の長さがほぼ同じになるころ。清明は、万物が清らかで生き生きとするころ。穀雨は、穀物を潤す雨が降るころ、という意味です。
出口:今日は3月4日だから、2021年は明日の5日から啓蟄ですね!「もうすぐ虫たちが動き出すころだ」と思いを馳せるだけで、日常の捉え方が変わりそうです。平日は家で仕事をしているので、毎日代わり映えのしない日々を過ごしていまして……。
三浦:そうなんです! 二十四節気で季節の移り変わりを意識するだけで、1日1日が違ったものになりますよね。ベランダに蝶が飛んできたとき、啓蟄を知らなかったら「蝶がいるな」で終わってしまいますが、知っていたら「暖かくなって虫たちが活動し始めたんだ!」と捉えられます。わずかな差かもしれませんが、この差が日常を潤すと思っています。
出口:家のなかにいても季節の移ろいを感じられるのはうれしいですね。
和文化のルーツを知る
三浦:3月と4月には、和の行事もあります。まず、3月20日の春分の日は、春のお彼岸の中日です。仏教ではこの世は東に、あの世は西にあると考えられています。この日は太陽が真東から昇り、真西に沈む日。なので、あの世とこの世が通じやすくなると考え、先祖供養をするようになりました。「彼岸」というのはあの世のことなんですよ。
出口:ご先祖さまへの思いが届きやすそう……!
三浦:お墓参りをしてもいいですし、牡丹餅を食べながら、ほっと一息をついてもよし。そして、ご先祖さまや亡くなった知人、友人を思って過ごす。忙しない日常のなかでゆっくりする時間にもなりますし、亡くなった方たちのことを改めて考える時間にもなります。和文化を暮らしに取り入れることで、こうした「ゆとり」が生まれると思うんです。
出口:風情のある、いい時間が流れる様子が想像できます。
三浦:でしょう? 先祖供養にもなりますし、自分のセルフケアにもなりますよね。そして、春といえばお花見。これも立派な和の行事です。
出口:和の行事としてお花見を楽しむためには、わいわい騒ぐのではなく、しっぽりと桜を愛でるのが大事ですか?
三浦:お花見のルーツは大きく2つあります。1つ目は春の行楽としてのお花見で、平安貴族が桜を愛でながら風雅な宴を催すようになったのが始まりです。しばらくは特権階級の娯楽でしたが、誰でもお花見できるよう、江戸幕府が上野や隅田川沿いなどに桜を植えて名所にし、「お花見のときだけはどんちゃん騒ぎをしていいよ」と奨励したんです。園芸品種のソメイヨシノが誕生したもの江戸時代なんですよ。
出口:じゃあ賑やかにお花見をするのって、幕府に承認された行為で、歴史あるものなんですね!
三浦:もちろんマナーには気をつける必要はありますし、コロナ禍では控えないといけませんよ。お花見のもう1つのルーツは、田の神様をお迎えする農耕儀式です。桜は、田の神様が宿る木で、「桜の花が咲いた」ということは、「田の神様がやってきた! 今年も稲の花が咲いてたくさんお米が収穫できる!」ということを表すと考えられていたんです。ですから、祈るような気持ちで桜を見つめ、桜の下で米からできる日本酒やごちそうを食べながらお祝いをする。お花見にはそういう意味合いもあったんですよ。
出口:桜には田の神様が宿るだなんて……! 知りませんでした。そう思うと、桜の木を見る眼差しが変わります。
三浦:「さくら」という言葉は、「田の神様」を意味する「さ」と、「神の座る場所」を意味する「くら」から成っているという説があります。語源を知ると、よりおもしろいですよね。
出口:桜という単語を分解する考えはなかったです! なんだか私、驚いてばかりですね(笑)
三浦:小さいころから馴染んでいた文化だけれど、意外と知らないことが多いんですよね。私も昔はそうでした。でも、文化に親しんでいるうちに、込められた思いや意味がわかってくる。そして知見が広がり、新たな体験につながる。これが和文化のすごさだと思います。
出口:はい、和文化のすごさをビシバシ感じています!
三浦:そして4月8日には、花祭りという和の行事があります。4月8日はお釈迦さまの誕生日。お釈迦様は、花園で誕生したと言われているので、お釈迦さまの誕生日を「花祭り」としてお祝いするようになったのです。寺院では、色とりどりのお花を飾った花御堂がつくられ、お釈迦様が生まれたときの姿を表した「誕生仏」が安置されるので、誕生仏に甘茶をかけてお祝いします。この日に甘茶を飲むと無病息災で過ごせると言われているので、おうちで甘茶を飲んで過ごしてもいいですね。
出口:仏教行事も和の行事のうちの1つなんですね!
三浦:日本人は何かあると「神様、仏様、ご先祖様~」と言って祈願しますよね。和の行事は、折々に感謝と祈りを表す行事です。昔から、お正月や節句は神道、お彼岸やお盆は仏教などと分けて接しているわけではなく、さまざまな物事に感謝と祈りを捧げながら暮らしてきたんです。
出口:キリスト教徒でなくてもクリスマスを楽しむように、仏教徒でなくても花祭りを楽しんでいいのですね。
三浦:そうですね。「今日は花祭りだから、甘茶を飲んでゆっくりしよう」と思えたら、4月8日が変わりますよね。
和の行事は「食」から取り入れるのがおすすめ
出口:三浦さんは、これらの和の行事をどう楽しむ予定ですか?
三浦:牡丹餅を食べたり、桜餅を食べたり、甘茶を飲んだり……やっぱり、食べるのは外せませんよね(笑)。桜の塩漬けを湯呑に入れて桜湯にしたり、桜の塩漬けをごはんにまぶしておにぎりにしたりもするんですよ。あと、お気に入りの桜の木があるので、その木の様子を見に行ったり、近所の桜並木を散策したり。季節の移ろいを楽しみます。
出口:楽しみ方はたくさんありますね。
三浦:春に限らず、季節を暮らしに取り込む工夫もありますよ。1年を通してお花を飾っているのですが、お花屋さんの前を通って「どんなお花が入っているのかな〜」と見るのも楽しいですし、好きな季節のお花が家にあるとテンションが上がりますよね。お庭やベランダで植物を育てたり、料理に使えるように和洋のハーブを植えたりもしています。あと、お手軽にできるのはしつらえを楽しむこと。
出口:しつらえ……?
三浦:季節のものを飾るスペースを設けておくんです。30cm四方くらいのスペースでかまいません。そこに季節に合った柄のスカーフや手ぬぐい、置物などを飾る。それだけで、家に季節感が出ますよ。
出口:それは簡単そうですし、「季節に合わせてしつらえを考える」という楽しみもできますね。
三浦:私自身、暮らしに和文化を取り入れることで、アンテナが磨かれたと思っています。キャッチできる情報が増えるから知見も増えて、何か新しいことを知ると次の行動につながるんです。
出口:たしかに! 今日、和の行事の由来を知っておもしろいなあと思いましたし、次の4月8日は甘茶を飲もうって決めましたし!
三浦:そうやって何かを知ったり、見聞きして感動すると、心が動かされるだけでなく、行動としても現れますよね。しつらえを楽しんでいるうちに、もっと季節を取り込みたくなって、ティッシュカバーを春っぽい柄のものにしてみたり、お花を一輪飾ってみたりする。1つ行動するだけで、視野も広がるんです。
出口:私も明日、お花屋さんに季節のお花を買いに行ってみます!
三浦:ぜひ! 和文化は私たち日本人が幼いころから親しんできたもの。なので、世代に関係なく楽しめますし、いつでも触れ合えます。お友達と和文化の情報を交換したり、季節のお花についてお話しするのも楽しいですしね。そうやって思いを共有しやすいのも、和文化の魅力なのです。
出口:この記事を読んだ皆さんも、ぜひ明日、お花屋さんに季節のお花を買いに行ってください!(笑) コメント欄で買ったお花を紹介し合いましょう〜!
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三浦康子
和文化研究家。古を紐解きながら今の暮らしを楽しむ方法をテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、ウェブ、講演などで提案しており、「行事育」提唱者としても注目されている。様々な文化プロジェクトに携わり、大学で教鞭もとっている。著書『子どもに伝えたい 春夏秋冬 和の行事を楽しむ絵本』(永岡書店)、監修書『おうち歳時記』(朝日新聞出版)ほか多数。
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