農家専門FP・西田 凌さん「最適な農業経営は最適な家計から」
農業を営むには3つの計画を立てる
取材・文:花塚水結
「老後の生活」は誰しも気になるもの。「家計の見直し」と検索すれば、ネットではたくさんの情報があふれています。
農林水産省によると、2019年の農業就業人口は168.1万人。そのうち、65歳以上は118万人と全体の約70%にも上ります。業界の7割を高齢者が占めているにもかかわらず、農家の家計の見直し方についての情報は少ないのが現状です。
そこへ、彗星のごとく現れたのは農家専門FPの西田 凌さん。農家の方はもちろん、退職後に農業を営むことを考えている方へ、農業経営と家計の考え方を教えていただきました。
最適な農業経営は最適な家計から
花塚:農家の方は経営においてどのようなお悩みをおもちなのでしょうか?
西田:農家の方のお悩みとして多いのは、人材不足はもちろんですが、これからの生活資金についてです。
農業は自営業になりますから、もらえる年金額はサラリーマンの方よりも低くなります。子どもと離れて暮らしている場合には、介護費なども自分で賄わなければならないので、やはり収入面での不安が大きいようです。
ただ、そうした不安を抱えていても、自分の年金額をご存じない方が多いので、まずは年金額を知ることから始めます。
花塚:農業以外でもらえるお金を知るということですね。
西田:はい。私は、「最適な農業経営は最適な家計から」と考えています。
生きている限り生活が続いていくわけですから、事業よりも先に、生活の計画を立てるべきです。そのため、生活に必要なお金を稼ぐ農業が先行き不安ならば、いろいろ考えなければいけません。
花塚:「家計から農業経営を考える」とは、具体的にどのように行えばよいのでしょうか?
西田:たとえば、年間250万円程度の収入があれば生活できる農家の方がいるとしましょう。ここで必要な収入を上回る金額、たとえば300万~400万円の利益がでるような事業計画を立てると、それだけの利益を生むために、設備投資がかさむことが多く、その結果必要以上のリスクを取ることとなります。
もちろん経営がうまくいけばいいのですが、万が一経営が行き詰まってしまったときには結果的に収入が減少してしまったり、労働時間が長くなって家族との時間が減ってしまったりと、負担が大きくなってしまいます。これでは元も子もありません。
ですから、自分の生活に合った収入が得られるよう、事業計画を立て、むだな経費やリスクをかけないようにすることが大切だと思っています。
花塚:私の住んでいる町も、畑が多くて、朝から夕方まで毎日農作業をされている人を見ます。利益を上げようと思えば、相当な労力がかかるのでしょうね……。
西田:農業を営む——つまり、お金を稼ぐということは、生活を成り立たせるための手段です。この手段が目的になってしまうような農業経営はダメだと思います。
ですから、まずは自分の生活費を知り、それだけの収入が得られる事業計画を立てることが大切です。高い利益を設定する場合には、それだけの利益を生み出せるコストをかけられるのか、考えるべきですね。
農業経営に欠かせない3つの計画
花塚:自分の生活に合った計画を立てるには、どうすればいいでしょうか?
西田:農業を営むには、「人生計画」、「事業計画」、「資金計画」の3つの計画を大切にしてほしいと考えています。
花塚:3つの計画ですね。1つ目の「人生計画」はどのようなことを考えればいいですか?
西田:いわゆる「豊かな暮らし」を構成するといわれる、生きがい、健康、お金の3つの要素に加え、自分が幸せだと感じる要素は何か考えてみましょう。つまり、これからの生活において、自分の価値観にもとづいて、最適なライフプランを形成しましょうということです。
そして、ライフプランを形成すると、そのプランが目標にもなります。目標が明確になると、その目標を達成する為には何が必要か、そして今何をすべきかという「手段」が明確になります。農家の方はこの手段が農業ですので、そこで改めて事業計画を立てていきます。
花塚:2つ目の「事業計画」ですね。
西田:はい。ただ、農業をはじめてからの数年間、また、設備投資など大きな支出をしてからの数年間は赤字になることも考えられます。ですので、赤字でも家計は成り立つのか考えて事業計画を立てつつ、ときには人生計画を見つめ直すことも必要かもしれません。(※)
花塚:事業ですから、うまくいかない場合の想定もしなければならないのですね。
3つ目の資金計画はどのように計画すればいいのでしょうか?
西田:人生計画の目標を達成できるだけの事業計画ができれば、それに合わせて必要な資金を考えます。たとえば、施設園芸で利益を上げたいのであれば、ビニールハウスの設置費や、必要な機械を洗い出し、それを導入する金額を立てます。事業計画によっては必要のない方もいらっしゃるかもしれません。
農業を営むのに必要な事業計画と資金計画は、人生計画を基盤として考えることが大切です。ですので、1つずつ丁寧に向き合って計画を立ててほしいと思います。
※50歳未満の新規就農者の方であれば、就農から5年間は150万円(上限)を受け取れる国の補助などがあります
農業はライフワークかライスワークか
花塚:農業経営を考えるためには、さまざまな「計画」が大切だということがわかりました。
実際に相談に来られる方には、どのようなアドバイスをされていますか?
西田:相談者さんの世代によって変わってきます。
たとえば、60代のご夫婦であれば、自分にとって農業はライフワークか、ライスワークなのかを考え、それを踏まえて「何歳まで農業をやっていたいか?」を考えてほしいですね。
花塚:ライスワークとは何ですか……?
西田:農業は、お金を稼ぐため——つまり、自分が食べていくためだけの手段であるという考え方です。ライスはお米ですから(笑)
花塚:なるほど、それでライスワークなんですね!(笑)
なぜ、「自分にとって農業はどういった存在か」を考える必要があるのでしょうか?
西田:ずっと農家を営んでいるご夫婦でも、旦那さんは「俺は農業が大好きだから死ぬまでやるぞ!」と、農業をライフワークだと考えている一方で、奥さんは「農業のほかにもやりたいことがある」と、農業をライスワークだと考えていらっしゃるかもしれません。
ですので、まずは自分たちにとって農業がどのような位置づけなのかを把握してもらうことが将来を考える第一歩だと思います。
そのうえで、今後も農業を継続していくのであれば年金額などを試算します。年を重ねながら農業を続けると、身体に支障をきたす場合もあるので、事業規模を縮小させて自分の時間をつくるなどの工夫をされたほうがよいのではないでしょうか。
花塚:自分にとって農業の位置づけをはっきりさせてから、具体的な働き方について考えていくのですね。
定年後、農業に新規参入される方へのアドバイスはありますか?
西田:その方が農業に対してどのようなビジョンをもたれているかによりますね。
花塚:ビジョンとは、具体的にどのようなことでしょうか?
西田:まず、露地栽培か施設園芸のどちらを行いたいかがポイントになります。
露地栽培の場合、土地さえあればなんとか始められるかとは思いますが、ビニールハウス栽培の場合、ビニールハウスの設置や機械の導入によって初期費用に1000万円程度がかかることもあるんです。
ローンの返済など大きな支出の予定がなければ、退職金を利用して設備投資をするのも1つの方法だとは思います。
西田:ただその場合にも、農業の価値を考える必要はあります。「イチゴをつくってイチゴ好きな人を喜ばせたい」と考えている人は価値観を尊重しつつ、人生計画と事業計画を立てるといいと思いますよ。
この記事に協力してくれた人special thanks
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西田 凌
ファイナンシャルプランナー。農業界に特化したFP(ファイナンシャルプランナー)として、農家さんがお金の心配をせず農業に専念できるようになってほしいとの思いから、運営するブログ『農家の家計簿』でライフプラン作りや家計の見直しや資産運用などの情報を発信。また同テーマにおいて個別相談やセミナー講師などの実績も多数あり。 https://noukafp.net/
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