「生前整理」で、これからの暮らしが変わる
自分のこと、親のことを変えていく契機に――
構成:花塚水結
部屋にあふれるものたち。自粛期間で空いた時間に「何とかしよう!」と思っていたら、いつの間にか自粛が明けてしまった。ましてや死後のことを考えて身の回りを整理する「生前整理」なんていわれたら、気が向かないし。まだまだ元気だし、部屋もたくさんあってどこから手をつけていいかわからないし。
……と、何かと理由を見つけて片づけを先延ばしにしながらも、「もっと快適に住みたい」と思っているのは私だけじゃないはず。
ということで、片づけのプロであるイエノコト代表・淀川さんと、親や自分の生前整理の経験がある日本葬祭アカデミー・二村さんに話を聞きました。片づけをとおして出会える「新しい自分」とはどんな自分なのでしょうか。
人物紹介
淀川洋子さん
イエノコト株式会社 代表。1級家事セラピスト。福岡県出身。建設会社に30年以上勤務しながら、家事セラピストの資格取得をきっかけに、イエノコトを設立。リフォームや片づけなどのサービスをとおして「暮らしづくりの幸せ感」や「豊かな生活を送れるお家」を提供している。趣味は野草を生けることと、片づけ。イエノコトのホームページはこちら二村祐輔さん
日本葬祭アカデミー教務研究室 代表。東洋大学国際観光学科 非常勤講師。1953年生まれ。葬祭実務に約18年間従事して2000件以上の事例を体験。1996年に葬祭の専門コンサルタントとして独立。同時に「日本葬祭アカデミー教務研究室」を主宰し、「葬祭カウンセラー」の養成と認定を行っている。最近ではホテル関連の「お別れ会」などの企画や、寺院活動の活性化の立案などにも参与。著書・監修書など多数。日本葬祭アカデミー教務研究室のホームページはこちら花塚水結
編集者。片づけが苦手。スイッチが入れば一気に片づけを行うが、滅多にスイッチは入らない。あとアイドルが好き。Twitter:@_I_eat_hotate
片づけのプロに片づけの相談をしてみる
花塚:生前整理のお話を聞くために、今日お二人にお集まりいただいたわけですが……いきなりですが、私、片づけが苦手なんですよ……。
淀川:そうなんですね。
花塚:友達を呼んだときなどに片づけなきゃ! と思うんですけど、普段片づけない分、時間がかかることは目に見えているので、なかなかやる気になれなくて(笑)。
きっと今、生前整理をしたいと思っている人も同じような気持ちの人は多いのではないかな、と思うんです。片づけってまずどこから手をつければいいんですか?
淀川:片づけにもいろいろありますけど、「どう暮らしていきたいか」を考えるところから始めるんです。
花塚:「暮らし方」を考えるんですか?
淀川:そうです。特に生前整理の場合は、体もだんだん衰えていく年代なので、自分がどのような生活リズムで生きていくのかを考えなければなりません。そうしたときに、家の中のものはもちろん、家をどうするか、ということにも目を向けてほしいと思っています。
花塚:家をどうするかとは、処分するということですか?
淀川:処分というよりも、「家をどうやって継承していくか」ということです。
今の現状では、親の家を処分できずに困っている60代が多いんですよ。私は64歳、二村さんは65歳ですから、丁度、この年代です。
たとえば、ひとり暮らしの80代の親が入院すれば、それまで住んでいた家は誰も住まなくなります。その後、親が認知症になってしまうと「本人に判断能力がない」とみなされてしまうので、たとえ家族でも親の家は売却できないんですよ。だから早めに、名義変更や、遺言書に残すことを考えてほしいですね。
花塚:家の名義人しか処分できないということですよね。このような現状が増えているのはなぜですか?
淀川:誰も住まなくなった実家を、「空き家」だと認識できないからです。
私も3年ほど前に母を亡くしたのですが、亡くなる10年くらい前から我が家で一緒に住んでいました。
それで、母が住まなくなったので空き家になった実家を処分しようとしたのですが、親戚みんなが「家は残して」といって(笑)。結局、誰も住まないまま避暑地として残しました。これはこれで「継承」というひとつの方法ですね。
花塚:それまで住んでいた人が、いつでも帰れる場所として残しておきたい人が多いんですね。
淀川:そうだと思います。たしかに、入院した親が帰れる場所として残しておきたい、という気持ちもわかりますが、結果的に家族で大きな問題を抱えることになってしまうんです。
「暮らし方」に焦点をあてた片づけの方法
花塚:二村さんのご両親も老人ホームに入居されていたそうですが、家の処分はどうされたんですか?
二村:両親が老人ホームへ入居したことをきっかけに、家も、ものもすべて処分しました。
家のなかは、もので溢れていましたが、目につくもの一つひとつにポストイットを貼ってもらったんです。「捨てるもの」「人にあげるもの」「残すもの」の3つで色分けして。
花塚:ものの分別から始めたんですね。どのくらい時間がかかりましたか?
二村:1年くらいですかね。
花塚:計画的に整理していったということですね。最終的には何を残したんですか?
二村:アルバムだけです。両親の写真やこれまでの軌跡を1冊のアルバムにまとめたんですよ。写真など思い出の品を処分するのは親に対して心苦しいと感じる部分もありましたが、大量の写真を保存しておくのも大変なので。結果的に自分も楽になりました。
花塚:たしかに……。思い出の品であれ、大量であれば保管するのも一苦労ですよね。私も、ものを処分できなくて、好きなアイドルのグッズがたくさんあるな……。
コレクションなどのように、どうしても処分できないものがたくさんある場合、どうすればいいですか?
淀川:ものを置いておくだけの部屋をつくるといいと思います。
花塚:物置部屋をつくるということですか?
淀川:そうです。昔の家は高度経済成長期につくられているので、子どもの数だけ部屋がある家がたくさんあるんですよ。3LDKとか、4LDKとか。そして各部屋に荷物があるんです。でも、高齢者の夫婦だけで住んでいる場合、こんなに部屋があっても使いませんよね。だから、生活で使う部屋と、物置部屋に分けるんです。
花塚:いわれてみれば、私のおばあちゃんの家にもたくさん部屋があります。
使う部屋はどのようにして決めればいいですか?
淀川:高齢者の場合、寝室、リビング、キッチン、お風呂、トイレが使えるようになっていれば十分だと思っています。この5つを生活動線にして、必要なものだけを身の回りに置いておけば暮らしやすくなりますね。
花塚:ものを整理する、というよりも部屋ごとに整理するんですね。
淀川:そうです。どんなに使っていないものでも、「これはいらないよね」と処分しようとすると怒ったり、不安になったりする高齢者も多いんですよね。
だから、本人が処分したくないといっている場合は、無理に処分しようとせずに「じゃあこの部屋にまとめて置いておこうね」といって、一部屋にまとめて置いておくだけでいいんです。ものを捨てるわけではないので、本人も安心できると思います。
それに、生活動線にものがないだけで、転倒を防ぐこともできますし。
花塚:まさに「暮らし方」を前提にした整理の方法ですね。
淀川:はい。ものを処分すれば生活が新しくなって豊かになると思いますが、ものと向き合って過ごすことの豊かさも存在します。それをもっと知ってほしいです。
花塚:「生前整理」とは単純にものを整理するだけではなくて、本人の気持ちや家族の問題が深く関わってきますね。
淀川さんが代表を務めている「イエノコト」では生前整理のサポートも行われているそうですが、具体的にはどんなことをされているんですか?
淀川:元々は家の片づけやリフォームなどを主力でやっていましたが、先ほど出てきた空き家問題にも取り組んでいます。
実際にリフォームなどを行うのは、拠点である太宰府中心になってしまいますが、全国に家事セラピストがいるので、片づけのサポートなども行っています。
花塚:家事セラピストとは何ですか?
淀川:簡単にいうと、人々や地域の暮らしにおける課題解決を行う支援者のことです。
花塚:なるほど。暮らしの課題とは、具体的にどんなことですか?
淀川:以前、80代のおばあちゃんに出会ったことがあって。その人の家は2階に水回りがあって階段で転んでしまったそうなんです。どうにかリフォームしてあげたかったのですが、私の会社から家まで1時間以上かかってしまうので、むずかしくて。そこで、その人の娘役をしたんです。
花塚:娘役!?
淀川:はい(笑)。おばあちゃんが住む街の工務店に出向いてリフォームの見積もりを出したり、そのほかの手続きをすべて行ったんです。お金は弁護士に預けて、弁護士から工務店へ分割で支払ってもらえるようにしました。それから、公正証書遺言の手続きも。
花塚:家のこと、お金のこと、これからのこと、全部ですね。
淀川:おばあちゃんは独身で、家族は姉が1人いますが、アメリカに住んでいらっしゃいますし、何より90歳近い年齢ですから、頼ることはできなかったんです。
そして、おばあちゃんが亡くなったときにお金が残っていたら、姉の息子にお金がいくようにも手続きしました。
今は1LDKにリフォームした家に暮らしながらジムにも通っていて、楽しく暮らしていらっしゃいます。
花塚:本当に娘のように接することで、おばあちゃんの「暮らし方」に目を向けられるし、だからこそ、その人にふさわしい新しい暮らしをスタートしてもらえるんですね。
淀川:家事セラピストは片づけのサポートももちろん行いますが、この事例のように、工務店や弁護士などのプロの方とおばあちゃんの間に入ってサポートできる人を目指しています。これからも人数を増やしていきたいと思っているので、家事セラピストの育成も行っています。
たしかに、お金を出せば片づけもリフォームもサポートをしてもらえますが、こうした実務の前には本人の気持ちや家族の問題があるんですよね。そこに寄り添って課題解決していきたいです。
生前整理は「新しい暮らし方」に出合えるきっかけになる
二村:親の人生は親のものですが、親の人生を自分がつくってあげることもできると思うんですよ。だから、私たち世代が親の生前整理を導いていくのも大切なのではないかと思います。
淀川:二村さんのおっしゃるとおりで、「生前整理」という言葉には2つの役割があると思うんです。
1つは、二村さんのように親がある程度高齢になったら、子どもが親にどう関わっていくかを考えさせる役割です。高齢になったら自分たちで物事を判断するはむずかしいですから。
2つ目は、私たち60代の世代が今後のことを自分自身で考えていく契機となる役割です。
そして、今の時代は両方を行う必要がありますね。
花塚:親と、自分のことですね。
淀川:はい。そして、生前に片づけを済ませておくことで、亡くなった後に家族が行う「遺品整理」になってしまうのを食い止めたいと思っています。
「生前整理」も「遺品整理」も、どちらも親のものを片づける際に使う言葉ですが、タイミングによっては片づけにともなう気持ちがまったく別物になってしまいます。「生前整理」であれば、未来を見据えたとても前向きな行為なので、新しい暮らしや自分に出会えますからね。
花塚:二村さんは親の生前整理を行ったことで自分につながった部分はありますか?
二村:ありますよ。私の場合、両親を施設に預けると決めたり、アルバムだけを残したりと、「親の今後をどうするか」を考えたことが結果的に自分の生前整理にもつながったと思いますね。今は自分の家や車を処分して、自分の生前整理を進めていますよ。
淀川:一度処分ができれば、その後もできるようになるんですよね。
きっと二村さんは、親の生前整理を「やってよかった」と思ってるんじゃないですか?
二村:はい。この体験は非常によかったと思っているので、自分の孫にも伝えておきたいなとも思っています。
淀川:子どもが親のために生前整理や終活の手助けをするって、実は自分のためになることが大きくて。親の最期に会えなかったりすると、子どもにとってずっと心残りになるんです。反対に、親に最期にいわれた言葉もずっと心に残ります。
親の生前整理や終活の手助けをすることで、コミュニケーションが取れて親が今思っていることが聞けますし、自然と思い出話もできるでしょう。「今そんなこと思ってたんだ」とか「昔はそんなことがあったんだ」なんて、知らなかった話が聞けて、新たな発見をするかもしれません。
花塚:意外に、普段親が思っていることを聞くタイミングはないですからね。
淀川:それに、親からきちんと継承しておけば、自分が継承する立場になったときに、どうすればいいか振り返ることができます。ものが多くて大変だったから、少しでも減らしておこうか、とか。
だから、「親の今後」を考えて行動することは「自分の暮らし」を考えることにもつながります。
「暮らし方」を考えて生前整理すれば、新しい暮らしに出合えるし、それが新しい自分に出会えるということではないでしょうか。
花塚:「どう暮らしていきたいか」を考えれば、自然とやることが見えてきますね。何だか明日からできそうです。淀川さん、二村さん、今日はありがとうございました!
私は「今よりも快適に暮らしたい」ので、やはり片づけは必要みたいです……。
- 企業情報
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